2009年02月26日
急がば回れ
室町時代の連歌師に、柴屋軒宗長(さいおくけん そうちょう)という人がいました。
その人が詠んだ歌にこのようなものがあります。
もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋
「もののふ」というのは武士のことで、「矢橋の船」というのは「矢橋の渡し」と呼ばれていた、東海道の草津宿(滋賀県草津市矢橋港)~大津宿(大津市石場港)の琵琶湖を横断する湖上水運のことです。
そして、「瀬田の長橋」というのは日本三大名橋のひとつ、「瀬田の唐橋」のことです。
当時は、京都に行くときは、矢橋から船に乗って琵琶湖を横断するほうが、瀬田の唐橋経由の陸路より速かったのですが、比叡山から吹き降ろす「比叡おろし」という突風で、遭難する船も多かったのです。
そこで、武士が京都へ駆けつけるとき、速いけど危険がともなう海路よりも、安全で確実な「瀬田の唐橋」を回って行くべし、というわけです。
ここから、「急がば回れ」という慣用句になったわけですね。
いくら速いといっても、遭難してたんじゃあ意味が無いですからね。
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その人が詠んだ歌にこのようなものがあります。
もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋
「もののふ」というのは武士のことで、「矢橋の船」というのは「矢橋の渡し」と呼ばれていた、東海道の草津宿(滋賀県草津市矢橋港)~大津宿(大津市石場港)の琵琶湖を横断する湖上水運のことです。
そして、「瀬田の長橋」というのは日本三大名橋のひとつ、「瀬田の唐橋」のことです。
当時は、京都に行くときは、矢橋から船に乗って琵琶湖を横断するほうが、瀬田の唐橋経由の陸路より速かったのですが、比叡山から吹き降ろす「比叡おろし」という突風で、遭難する船も多かったのです。
そこで、武士が京都へ駆けつけるとき、速いけど危険がともなう海路よりも、安全で確実な「瀬田の唐橋」を回って行くべし、というわけです。
ここから、「急がば回れ」という慣用句になったわけですね。
いくら速いといっても、遭難してたんじゃあ意味が無いですからね。
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投稿者 aroma43 20:05 | コメント(0)| トラックバック(0)
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